話題になっているので見に行った「君の名は」。
新海誠さんの作品は「ほしのこえ」だけを出た当初に見たことがあり、作画が個人的に見ていられないレベルで途中で挫折。
(ちなみにこれはほぼ一人で作った作品だそうなので、そこはすごい)
同じく話題だった「シン・ゴジラ」が自分的にはイマイチ(石原さとみ問題)だったので、「君の名は」も、とりあえず世の中の話題押さえておくかくらいの低いモチベーション。なので、三葉が東京の街を見て感動するあたりから最後まで、ずっと涙が止まらなかったのは、完全に想定外。挙句の果てには、思い出すだけで泣けてきてしまい、一緒に見に行った相方氏とランチを食べながら感想を言い合っている風景は、完全に捨てられる♀とそれに困った♂のようだったと思うw
---以下ネタバレ---
何でここまで「君の名は」に泣けたかというと、あの映画はものすごく、自分の過去の感情とシンクロする機会が多かったのだ。
-三葉の、瀧のマンションから東京を見た時のわーっという気持ち
-瀧の、坂坂の上から初めて糸守町を見下ろした時のおおっという気持ち
-三葉の、友達の前に親から話しかけられてイラっとする気持ち
-瀧の、自動販売機の横に丸太で作ったテーブルセットを作った後にドヤ顔でコーヒーを飲む気持ち
etc..
こんな調子で、ほぼ全ての何気ないエピソードの中に、自分が過去に感じた感情の切れ端の糸口があって、三葉や瀧が何かをするたびに、私はずっと泣いていた。隕石が落ちてきて、実は三葉はもうこの世の中にいなかった・・・という中盤の衝撃の事実より、映像から溢れ出てくる、自分が中学生だったり高校生だったりした時にあった記憶との再会に私は泣けた。些細なことで世界で一番幸福な気がして、些細なことで人生が終わったと思ったりして、不器用で、そして純粋だったあの頃。ネットでも「よく分からないけど泣けた」という人が少なからずいて、もしかしたら無意識のうちに、似たようなことを感じていたのかもしれない。
感動には2種類あると思っていた。自分以外の誰かの出来事に感銘を受けるのと、そして自分自身が特定の出来事に対して感銘を受けるのと。ただ私が今回感じたのはどちらでもなくて、それはいわば過去の記憶の追体験。その時はただ通り過ぎていったものが、大人になった自分を通してみることで、その意味が変化する。これは初めての経験で、そして大人になってからじゃないと味わうことができない、第三の感動ポイントなんじゃないだろうか。少なくとも私にとっての「君の名は」の価値は、そこにあった。
家に帰ってから、相方氏と改めて新海誠さんの作品を順に追ってみた。「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」、そして「秒速5センチメートル」。一貫して描かれているのは、10代の男女のピュアな「好き」という感情と、何気ない日常が「好き」な相手を思うことでキラキラするさまと、不器用で純粋が故のすれ違い。そしてそんな感情を通して描かれる景色は本当に美しくて、そして作品を追う毎にその洗練さが増している。
もう1回観にいくような気もするけど、昨日感じたほどの衝撃はないんじゃないかと思っている。ただ今後も何かを通して過去の記憶を追体験する「何か」がこの先生きている中にもある気がしていて、そして「君の名は」を見る前より、「君の名は」をみた後の未来は、なんだかもっとワクワクしている。