読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

「東京タラレバ娘」に共感する人の特徴のマキ。

恋愛 時事ネタ

ドラマ「東京タラレバ娘」の回が進むにつれ、色々な意見が出ている。
たとえばこちらの方の記事。

note.mu

原作の

「世の中の女は2種類に分けられる。妥協できる女と妥協できない女。どうやら、私はできないほうの女らしい」
~東京タラレバ娘第4巻~

に対し、筆者は

タラレバ娘たちは、「折り合いをつける」ことや「交渉」をしない。倫子は趣味の合わない男を拒否するし、浮気・不倫相手に甘んじる香と小雪は刹那に流され、内なる想いを胸にしまう。「察して欲しい」と。それでは共生なんて、できるわけがない。
ワガママと意見は違う。媚びと対話は違う。妥協と折り合いは違う。駆け引きと交渉は違う。

タラレバ娘はどうすれば幸せになれるのか|嘉島唯|note

という。ただ私は

「世の中の女は2種類に分けられる。妥協できる女と妥協できない女。どうやら、私はできないほうの女らしい」

はものすごく的確に「女性」の種類をあらわしているように思う。私は生粋の「妥協できない女」。そして東京タラレバ娘に「共感」する人というのはこの「妥協できない女」なんだと思う。

 

私が自分が「妥協できない女」であることを痛感したのは、前夫と離婚した時だ。前夫は本当によくできた男性で、稼ぎもよく、優しく、真面目で、まさに非のうちどころのない人だった。それが何故別れる別れないの話に結婚10数年経ってから発展したかというと、私がいつまでたっても「妥協できない女」だったことに起因する。
やることがある限りは時間を気にせず働くのが好きだったし、その後同僚と飲みに行くのも好きだった。野外フェス的なイベントにも、突発的なネットのイベントにも、「面白そう」と思ったことには顔を出さずにはいられなかった。
そんな暮らしを維持したまま、子供を持って育てていくというイメージが、私はいつまで経っても持てなかった。そして30をとうにすぎても変わらない私に前夫は匙を投げ、そして私は結婚生活を維持するより、「自由」を選んだ。

誰かと生活を共にする、ということは「妥協」を必要とすることだ。それを「折り合い」と言い換えることもできるけれど、本質的には同じこと。そしてその行為が大人の証だとすると、私のメンタリティは、アラフォーになっても思春期のまま。したいことはいつもとことんしていたい。したくないことはしたくない。


そんな私は自分の「アラフォー未婚女性」という肩書きには妥協できるのだ。また今のパートナーと今後妥協する点が見出せず別れることになったとしても、その時の「孤独」についても妥協できるのだ。「結婚してない=人間として未熟じゃないのか」という一般的な世間のモノの見方に対しても、そこまで憤りを感じることがない。世間から好ましいと思われる存在じゃないことにも妥協ができる。

人間てみんなそうじゃないだろうか。何かを妥協するかわりに、何かを妥協せずに生きている。そしてそれが人によって「結婚」だったり「自由」だったりするだけだ。


「東京タラレバ娘」達の生きづらさは、自分がどんな人生を送りたいかのイメージが中途半端だからに起因する。本気で誰かと結婚する人生を送りたいなら、彼女達の思春期メンタリティは致命的。一刻も早く我が身を振り返り、心を入れ替えないと、たとえラッキーが重なって結婚できても、私みたいになる。
ただ「結婚」にプライオリティを感じられないのだとすると「今」のままでも悪くないと思うのだ。皆それぞれ自活できるだけの仕事があって、気になる男性がいて、そして何でも本音で話せる親友がいる。


東村アキコが「東京タラレバ娘」達にどんな結末を用意しているのかは分からない。 まあただどんな結末になるにせよ、彼女達が自分が選んだ道に納得感を持って生きていける、そんな終わり方だとよいなと思っている。

blog.makicoo.com

 

東京タラレバ娘 コミックセット (KC KISS) [マーケットプレイスセット]

東京タラレバ娘 コミックセット (KC KISS) [マーケットプレイスセット]