makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

「男女平等」が恋愛のし辛さの原因かものマキ。

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 中学校の時の♀の先輩と連絡を取り合う機会があって、お互いの学年の同窓会の話になった。私も先輩も直近あった同窓会に出席した感想としては「中学時代に大して仲良くなかった人とも、同窓会で会うと昔から仲良かった気になる」で、先輩は同窓会で再会したうちの何人かとたまに会ってはお茶したりランチをご馳走になったりしてるという。私もそんな感じで久しぶりに再会した同級生には色々優しくしてもらってる。

 その話を年下の♂友達としていたところ「それは下心なんじゃないか」と言われた。が、私も先輩も色気があるタイプの♀ではなく、だいたい向こうは女の人とご飯を食べるとしたら、誰に対しても奢るように思う。ただどうも年下の♂友達からすると「では何故奢るのか」が納得がいかないようで、そんな彼と話をしていてはたと思った。もしかして私の世代(1970年後半から1980年前半くらいまで)以降って「男は女に優しく」という概念がなくなったんじゃないか。

 

私が小学校中学校の頃、「男は男らしく、女は女らしく」というのは常識で、それに付随する概念として「男は女に優しく」というのも、なんというか、当たり前だったように思う。

ところがいつしか「女らしい」「男らしい」といったような性差の強制はタブーとなった。ついこの間もどうしたら結婚できるか、という女子レスリングの吉田沙保里選手に対し、りゅうちぇるが「すっごい自分みがきしてるし、すっごい女の子らしいから、すぐできると思う! 努力しなくてもできると思う!」という発言をしたところ、「女性は『女の子らしく』女性性を強調しないと、結婚できないのかよ」「なんで女性に『女の子らしさ』を押し付けるんだよ。それって抑圧だろ」という批判が相次いだ。

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ただ、これってなかなか恋愛にいたりづらくなるなというのが私が今日ふと思ったこと。何故なら「男は女に優しく」が当たり前だった時代は、男の人は「男」というだけで女性を尊重してくれる、女性にとって有難い存在だったからだ。重いものは男性が運ぶ、とか雨が降ってきて傘が1本しかなかったら女の人に譲ってあげるとか、そういう親切を男性が女性に対してすることが、私の時代はよしとされていた。丁寧に扱われると、女性としては悪い気がしないものだ。で、そんな親切がきっかけで相手を意識するようになり、そしてそれが恋愛に発展する、なんてケースがそういえばよくあったような気がする。

 

一方「男女平等」の世の中では、そういった行為は自分にとって特別な存在に対して、であって、男性がただ相手が女だからという理由で何かをすることは少なくなったように思う。そうなると女性が男性を意識する機会というのは以前に比べて激減し、それこそ見た目だったり収入だったり、そんな条件的なことの重要性が増すのかもしれない。また男性にとっても、目の前の女性が優しくするに値するかを吟味するようになった。結果としてやっぱり見た目的なものが、優しくするに値する、という判断材料になることが増えたんじゃないか。

 

私は見た目ってそれほど重要じゃないというエントリをついこの間書いたばかりなのだけど

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もしかして私の世代より下って、「男は女に優しく」がないが故に、見た目やステータスが恋愛においてより重要になってきてるのだろうか。だとすると「男は女に優しく」な世の中だった方が、大多数の人にとってはよかったのかな、そんなことを思ってしまったのだった。