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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

愛はお金じゃ量れないのマキ。

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週末に相方氏と下記の記事についての話をした。

togetter.com

 その会話の中で、自分にだったらどれくらいのものをプレゼントしてくれるの?と相方氏に聞かれて言葉に詰まった。20,000円くらいかなーと言いながら、実際今までそんなにプレゼントしてないなと苦笑。

 

 誕生日、クリスマス、バレンタイン。行事のたびに私と相方氏の間でモノの行き来はするけれど、特別なものだったことはほとんどない。その時たまたま欲しくて手ごろなものを贈りあうだけ。本当に欲しいものは、値段を気にせず、自分で買う。ご飯を食べる時もだいたいワリカン。たまに私が奢ったりもする。

 一方前のダンナ様も含めて、それまでは付き合った人からは、色々モノをもらう側だった。GUCCIのかばんや誕生石の指輪、ピアス、アンクレットなどなどなど。かといって今の相方氏とのモノのやりとりに不満はない。それは彼がそういうタイプの人ではないからだ。

 

 学生時代から社会人にかけて出会った数々のお金持ち達がいる。友人が銀座のクラブで働いていたり、自分も一時期六本木のクラブでバイトしてたり、そんな縁で、湯水のようにお金が使われていく現場に居合わせることが少なくなかった。1人50,000円のディナーだったり、クルーザーを貸しきってのパーティだったり、挙句の果てには友人と旅行に行くといったら100,000円くれる人もいたりなんだり(さすがにそれは気がひけて20,000円だけいただいた)。

 そこで気づいたことといえば、お金持ちにとっての「10,000円」の価値は、恐ろしく低いということ。財布を忘れた友人が「お腹空いた」と困っていれば、1,000円のランチを奢ることはやぶさかではない。同じようにお金持ちにとっての一般人は、財布を常に忘れている人のようなものである。とある日、ランチをご馳走するよとフレンチのコースを食べて20,000円。「リーズナブルな割に美味しかったね」と言われて、ビックリした。

 

 お金持ちは、別に何かある訳ではなくとも、気軽にお金を払ってくれることが多い。そしてそれは彼らの金銭価値からすると普通の人の「1,000円のランチ」だったりするので、その額に大して意味はない。リッチな人と付き合えば、リッチなプレゼントが用意され、リッチなディナーがセッティングされる。そうじゃない人と付き合えば、そのランクはおのずとそれよりは大きく下がる。

 もちろんお金持ちではなくても、豪華なディナーやプレゼントを貢いでくれる人はいる。ただそれも、その人のお金の使い方に起因することがほとんどだ。彼女の誕生日を某高級リゾート全部持ちで祝ってあげた知り合いがいるけれど、その彼女がものすごく特別な人だからというわけではない。前の彼女と付き合っていたときも、そうだった。

 

 たまに「全然彼氏が奢ってくれない」「プレゼントがしょぼい」なんて愚痴を見かけるけれど、プレゼントが豪華だったり奢ってくれたりしたところで、そこに愛情があると証明されるわけではない。そういう習慣だから、金銭的に余裕があるから、だったりするだけのことがとても多い。

「付き合うメリットは貢いでもらうことでしょ!」であるなら、さっさと相手を変えた方がよいし、もしそれを愛情と結びつけて悲しくなってしまっているのだとしたら、それは大きな誤解である。

 

私が相手の愛情を量ることがあるとしたら「時間」である。どんなに忙しくても会いたいと思ってくれる存在か。何か興味がある時には一緒に行き、時間を過ごしたいと思ってくれる存在か。

 

プレゼントの量や質はどっちでもよい。私は自分がそういう気持ちを持てる人と、そしてそういう気持ちを自分に持ってくれる人と、一緒にいたいなと思っている。