makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

雨宮まみさん。そして二階堂奥歯のことのマキ。

 

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昨日はFacebookでもTwitterでもはてブでも、雨宮まみさんの訃報のニュースで持ちきりだった。私も何冊か彼女の本を読んでいたし、年が近いのもあってとても悲しい。ただ改めて生前の彼女の文章を読んで思い出したのは、二階堂奥歯のことだった。

 

二階堂奥歯とはネットで「八本脚の蝶」という日記を書いていた編集者。2003年の3月にビルから飛び降りて、この世を去った。「八本の蝶」は彼女を慕っていた人の手によって書籍化されている。一時期絶版されていたのだけれど、最近また復刻し、2016年度本屋大賞の「発掘部門」というカテゴリの代表作に選ばれた。

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私が彼女の死を知ったのはこの間書いた親友を亡くした3ヶ月後。

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なぜ二階堂奥歯が私に特別な意味があるのかというと、彼女もまた死んだ親友と同じく、高校の同級生であるからだ。

 

 高校時代、彼女とはほとんど言葉を交わしたことがない。ただ今でも彼女の人となりを強烈に覚えているのは、彼女がとても本を読む人だったからである。

 私ももともとかなりの活字中毒で、小さい頃の記憶といえば本を読んだことしかないくらい。幼稚園中の本を読み、児童文学館の本もほぼ読んだ。ドストエフスキーやトルストイといった世界の巨匠系の文学も、中学に入るくらいまでにひととおり読破。とにかく本が好きだった。

 ただ私が彼女と大きく違ったのは、いつしか本の世界に没頭することをやめ、本で見知った世界を体験することに夢中になったことだろう。こっそりお酒を飲んだり、男の人と付き合ったり、キスをしたり、体を合わせたり。私にとって本はいつの間にか「もうひとつの世界」ではなく、人生を予習するための道しるべになった。

 

 そして高校生の時に会った二階堂奥歯は、そんな世俗的な私より遥かに本を読み、そして世界も思考も深かった。同じ読書好きときいて話しかけてはみたものの、読む量もジャンルも、大人と子供ほどの差があった。最近読んでる本を教え合ったのだけれど、私が当時読んでいた本は、彼女がとっくに通り過ぎたものばかり。逆に彼女が教えてくれた本は、ジャンルすら、私には見当がつかなかった。

 

 結局私は、彼女と本に関する会話を交わす資格が得られなかった。

 

  彼女の死を知った後、「八本の蝶」を読んだ。読んで感じたのは書き手としても読み手としても、圧倒的な力量の差。感性の鋭さも言葉の数も、これまでの世界の歴史や宗教に対する知見もなにひとつ、私の方が優れているものはなかった。何より彼女の目を通して見る世界は私のそれより、鋭くて鮮明で強烈だった。

 

 雨宮まみさんの文章を読み返してみて今思うのも、二階堂奥歯の文章を読んだ時と近しい。死が隣にある人の世界というんだろうか。不安定な筆者のなかに時々現れる「生」というのはとても神々しくて、読み手の心を強くゆさぶる。ぼんやりと生きている人には決して見えない世界。そういえば親友の言葉にも、そんなところがあった。

 

何不自由なく満ち足りたこの世界で私はなぜだか戦場にいるような気がします。
ほんの小さな失敗でもしたら私はここにいることを許されなくなってしまうような気がします。
挨拶はきっと複雑な合図で、それを間違えれば即座に虐殺されるような気がします。
私をかこむ隣人達の中に入っていくとき、砲弾の飛び交う中を進んでいく気がします。
時限爆弾を解体するかのように息をつめて仕事をします。
世間話をしながらも銃弾が耳を掠める音が聞こえます。
私の微笑みは自然に見えますか? 口の中には恐怖の味がします。

今日も生き延びた。でももうすぐ明日が来る。明日は生きていられるのかな。
でも、この人だって生き延びているのだ、生き延びて、22歳で『氷の海のガレオン』を書いた。
木地雅映子がどのように生き延びたのか私は知りたかった。
まったく書いていないようだけど、どこかで生き延びているのなら、それを知りたかった。

二階堂奥歯「八本脚の蝶」 

 

私はその世界をみたことがない。

 

雨宮まみさんの、そして二階堂奥歯のような視点で世界をみることは、この先も一生ないのだと思う。人間の奥底に眠る痛みや苦しみに鈍感だ。「死ぬ」ということにすら割と前向きで、もし3ヶ月後に死ぬと分かったなら、お金が尽きるまで旅に出よう、そんなことを少し楽しみにしながら、生きているところがあるくらい。

  

ただ、私にだけみえる世界もある。

 

いったいそれに価値があるのかは分からないし、今はまだ表現することすらうまくできずに、歯がゆい思いしかないのだけれど。

 

ただいつかそんな文章が書けたなら、二階堂奥歯のお墓にいってみたい。彼女と本に関する会話を交わす資格は得られなかった。ただ、私が見ているもうひとつの世界についてなら、興味を持ってくれるかもしれないから。

 

八本脚の蝶

八本脚の蝶