makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

傷つきやすい人の世界のマキ。

最近のもっぱらの趣味が「はてブ」な私は、はてブで話題になる記事を中心に結構な数の記事を読む毎日。

 

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で、色々な人の文章やはてブのコメントを読んでつくづく思うのは、世の中にはとても傷つきやすい人がいるということだ。今日読んだこの記事も私には結構衝撃的で、子供がいないならまだしも、子供が1人いる場合でも、兄弟の話が時には傷つくきっかけになるということにびっくりした。

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妊娠出産はとてもデリケートな話なので私も極力気を使うようにはしている。ただこの手の記事を読んで思うのは、傷つきやすいと生きているのがとても大変だということ。ニャートさんの記事

nyaaat.hatenablog.com

にあるように、傷つきやすい感受性にフィルタをかけるというのもひとつの案ではあるけれど、個人的には見ている世界が変わったらずいぶん心穏やかに過ごせるようになったので、そのことを今日は書こうと思う。

 

 私にもかつて、とても傷つきやすい時代というのがあった。その発端は「ピアノ」に対するコンプレックスだ。ピアノが大好きだった私は、ひそかにプロのピアニストになりたいという願望があった。

 ただ口に出すのもおこがましいと思っていて、何故なら私がピアノをはじめた時期は小学校からと比較的遅かったのだ。私が目にするプロのピアニストというのは小学校に入る前から英才教育を受けていて、だからとてもじゃないけど、そんな次元にはたどりつけないと思っていた。

 結果、3歳からピアノをはじめたという同級生や神童とあがめられているような若きピアニストは、存在そのものが私を傷つけるナイフだった。ニュースや学校でみたりするたびに心がざわついた。

 そのセンシティブさは年月を重ねるごとにどんどんとエスカレートしていき、最終的には天才少年棋士だったり、若くして英検1級をとったり、同年代の誰かが輝かしい名声を得ている姿を目にするたびに、自分のふがいなさが気になった。成績はよい方で友達も多く、恵まれていた。ただこのピアノに対するコンプレックスを発端とする「世の中の若き成功者に関するニュースが常に鋭いナイフ」な状態というのは、そんな恵まれているはずの毎日に深い影を落としていた。

 

 コンプレックスがあっさり解消されたキッカケは、イギリスでとあるピアニストに会ったことだった。いじめられて中学を中退したクリストファーは、ひきこもり時代にピアノに出会い、そしてみようみまねでピアノを弾くことを覚えた。そして16歳の時にひきこもりを脱出して、ピアノを本格的に習うことになり、20歳の時に音大に受かり、卒業後にはオーケストラをしたがえてリサイタルを開くまでになった。生まれつきの才能があったことは間違いない。ただ16歳からピアノを習い始めてプロになった彼の存在というのは私にとって衝撃的で、そしてそれまでもっていた「ピアノ」を発端とする若き成功者に対するコンプレックスを粉々に打ち砕いた。

 私がそれまで見ていたのは「幼少の頃からピアノを習い成功したピアニストしかいない世界」だった。ただ現実の世界というのは、クリストファーのように、16歳からピアノをはじめて成功する人もいる世界だった。

 

 自分にコンプレックスがある事柄ほど、その状態がいかにいけていないかに関するニュースや言葉ばかりが耳に残りやすい。冒頭に紹介した記事を書かれた方の話でいけば「いかに兄弟がいた方が子供の社会性が育つか」だったり、「年をとって兄弟の有難さが身に染みた」だったりで、そんな話をきくたびに、その言葉がナイフのように突き刺さり、何だかとても傷つかれるんじゃないかと思っている。

 ただ世の中には一人っ子で成功している人というのははたくさんいる。更に「1人っ子だからこそ教育にお金をかけられた」とか、「1人っ子だからこそ家族の絆が深く、親を大切にしてくれる子に育った」などのニュースも溢れている。見る世界を変えるだけで、1人の子を丁寧に育てることのメリットというのは無限にある。ちょっと検索すれば出てくるその事実に気づかずに過ごすというのは、たいそうもったいないと思うのだ。

 

 私が今みている世界は、夢と希望に溢れている。80歳で写真家として個展を開いた人もいれば、還暦をすぎてから直木賞をとった人もいる。日々そんなニュースや記事をみるたびに、私の世界はますます輝いていって、そしてできればもっと多くの人たちが、そんな世界をみられたらなと思っている。

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