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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

学歴と幸せの相関性のマキ。

最近すっかりはてブウォッチャーの私なのだけど、どうも話題になる記事と自分の考えていることの方向性が違うことが多い。

ta-nishi.hatenablog.com

この記事から

www.ikemenmusuko.net

この記事の流れになり、何言っているんだと思っていたら、賛同している人がそこそこいてびっくりした。

 

ちょっと長くなるけど、学歴と幸せの相関性について、私が今までに経験してきたことを書いておこうと思う。

 

 私が住んでいた当時の仙台は、高校は自分の学力にあったところに行けばいいと考えている家が多く、高校受験に際して必死に勉強するような人は少なかった。ただし東京から仙台に引越ししてきた系の家庭は例外で、受験に対するモチベーションに大きな格差があった。

 うちは父親が大学の先生だったり、母親が東京の私立一貫中高出身だったこともあり、塾に通わされる組だった。が、東京の国立私立を受ける組はさておき、地元一番の高校に進むハードルは、少なくとも私と私のまわりにいた人たちにとってはさほど高くなく、受験の前もよく塾をさぼってはゲーセンで遊んでいるような按配だった。そして特にハプニングもなく、みんなそれぞれ学区一の高校に受かった。

  で、高校進学後、私がつるんでた組は高校生活を謳歌した。ガチな部活動に全力投球する人もいたし、私は読書と合コン的な遊びに明け暮れた。絶対に東京に行きたかった私に受験のスイッチが入ったのは高校3年の4月。部活に明け暮れていた組は7月。その後は皆で猛勉強し、面白いように偏差値があがって一気に志望校圏内に入った。「一浪して東大に入るのと現役で慶応に入るのとどっちがモテると思う?」と私にしきりに聞いていた超遊び人は、結局現役で東大にも受かり、念願のモテモテライフをスタートした。

 

今まで学年成績がイマイチだった彼らは、やる気を出した瞬間、突然学年で30番とかに躍り出た。彼らがやる気を出したことにより、相対的に成績が下がるのは高校1年からコツコツ努力してきた組だ。部活ばっかりしていたり、合コンばっかりしていた人が、突然成績までも手に入れる。それがよくある現実だ。

更に結構な人数が大学に進学する進学校において、周りから合格して一目置かれる大学は有名国立大有名私大に限られる。地元一の高校に入ったものの、人一倍努力したものの、そのあたりの大学への入学が叶わなかった人はたくさんいた。

 

で、大学に入ってから以降も似たようなことは起こり続ける。ロースクールが出来る前の司法試験は結構な難易度で、努力+もともとの地頭が必要なように見受けられた。寝る間も惜しんで勉強していた人が落ち、試験前日に気晴らしでスロットしていた人が受かった。そしてそんな最難関試験を乗り越えた司法修習生組の中でさえも明暗はくっきり分かれ、大手の法律事務所から何個も内定をもらう人もいれば、名もない事務所でのイソ弁しか決まらなかった人もいた。

 

これが学歴の現実だ。いい高校に入ってもいい大学に入っても、それはその次のステップへの挑戦権でしかない。そして自分が手に入れられなかった挑戦権を、やすやすと手に入れる人たちはいつもたくさんいる。

 

大学に行くことで、職業選択の幅が広がるのは事実なので、人生が定まっていないなら、大学に行くのはいいと思う。またやりたいことがあって、そこの業界が大卒有利なのであれば、大学に行った方いいと思う。

 

ただ学歴があったところで、自分の人生の幸せを相対的にしか感じられない人は、より成功している人をみて心がゆらぐ。学歴による幸せ感というのはとても脆いものだ。大卒は高卒より偉い、東大は慶応より偉いと感じる優越感は、自分よりいい大学、いい収入、社会的に成功している人の前では、粉々に砕け散ってしまうから。

 

 バツイチアラフォーの私が今後子供を生むことはなさそうだけど、もし産んだとしたら、たとえ中卒であろうが高卒であろうが、他人と自分を比較することなく幸せを実感できる人になって欲しいと思う。そういう意味で自分で自分の幸せをきちんと定義できている

ta-nishi.hatenablog.com

この方というのは、非常に幸せだと思っていて、私自身も彼のように生きていけたらいいなと思っている。