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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

「配慮」がいきすぎると世の中が不自由のマキ。

月末はライター業の〆切の嵐。特に今月は来週末に旅行に行くので、今週末に目処をつけなければならない。。今月は比較的順調で、単発の依頼を5本すでにやり、グルメ記事2本もさっき入稿。が、後はライター再開後、初めて名前つきで書いているサイトの原稿が4本。。。来週火曜日までにはまた占い記事を2本。。

 

明日はお出かけ、日曜は結婚式がある。ブログ書く暇があったら原稿書けよと我ながら思う。。。ちなみに昼間の仕事のタスクもまだ終わってませんw

 

が、ここ数日「配慮」について考えさせられる記事を立て続けに読んで、いったいどうすればいいのか深く考えさせられたので、まとめておきたい。

jbpress.ismedia.jp

差別に対する配慮が行き過ぎて不自由だという話。中でも大学内でエイリアンをテーマにした展示で提供したメキシカンフード「ブリトー」にメキシコにルーツを持つ学生が「暗にメキシカンをエイリアンだと思ってるのか」と怒ったというのがびっくり。

 

spotlight-media.jp

不妊治療中にかけられて辛かった言葉の話。1番目と3番目は分かるとして、2番目に出てきた赤ちゃんがどうやって親のもとに来るかについての絵本の一節「私があなたを選びました」という内容で傷ついたという件に、その発想はなかったとびっくり。 

 

まーとにかく立て続けに色々びっくりしたのだ。

 

ブログを再開するにあたって、私は「人が読んで不快にならない文章、傷つかない文章」という所に細心の注意を払って書いていたつもりだけど

makicoo.hatenablog.com

この記事の

そしてやりたい事というのはいくつになっても、やる気さえあればできるもんだと思うのだ

というのも、深刻な病気や障害で苦しんでいる方からすると傷つくかもとか

 

makicoo.hatenablog.com

この記事の

結論、語学力が伴っていない、「ぽい発音」はむしろコミュニケーションの阻害になる。

がそれは「ぽさ」を必死に会得しようとしている方からすると不快かもとか

 

まーとにかく気をつけて書いているつもりではあったのだけど、よくよく読み返してみると、「配慮が足りない」と言われてもそうだよなというところがぽろぽろあった。

 

が、そもそも配慮は一生懸命したところでしきれない。そう吹っ切れたのが今日。

toyokeizai.net

私はこの記事に結構感銘を受けて、特に「子供を未来人だと思う」の件になるほどなーと賢くなった気さえしてたのだけど、記事についているコメントが思いのほか否定的で、「普通の家じゃないじゃん」だったり「そんなに親が子供に時間をかけられるなんて恵まれすぎている」だったり「暗記させるなんて非常識」だったり、なんかまったくもって、私にはびっくりなコメントが並んでいた。

 

きっとこういうことだ。同じ日本人であったとしても、言っていることも考えていることも感性もバラバラ。誰にも不快な思いをさせずにモノを言うというのは、この世の中大変難しい。よかれと思った一言や行動は、意図せず誰かを傷つける。そもそもエイリアンイベントで出す食べ物、ブリトーは本当にダメなのか。不妊に悩む人がいる中、「赤ちゃんは親を選んでくる」という表現はNGなのか。私はどちらの例もそう思わない。

 

何気ない一言で傷つく人がいるということを念頭におくことは重要だ。ただあれもこれもに配慮をしていたら、言葉はとても不自由だ。

  

いつかこのアクセス数も少ない平和なブログが炎上するようなこともあるかもしれない。けれど、自分の価値観にてらして納得できないときは、「それは行き過ぎた配慮の要求だ」と正々堂々と言えるような人になろうと思った今日だった。