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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

人生はカードゲームとちょっと似ているのマキ。

日常

最近「ベイングローリー」というゲームにはまっている。

vainglory.appbank.net

「League of Legends」同様のMOBAってやつで、3対3の陣地取り合戦。プレイヤーのレベルとキャラのレベルは一切紐づいていず、1戦闘でキャラの経験値は全てリセット。プレイ時間内にレベルが上がり、戦闘中にお金を稼いで装備やアイテムを買ったりするものの、次の戦闘には持ち越せない。海外ではたいそう人気で「e-sports」としてTV中継されたりしているのだけど、そんなスタープレイヤーも、キャラは私が使っているのとほぼ一緒。

スキンという着せ替え機能があるので、それをみるとやりこみ度合いは分かる。ただステータスはいつもみんな一緒なのだ。1試合20分以上かかるし、一部の試合はキャラがランダムに割り当てられるので、キャラについて調べたり動画みたりと忙しいwこんなにゲームについて調べるのはFF11以来。まったく無料でプレイできて、こんなに遊べて素晴らしい。

 

ただこのゲームをプレイしていて思うのは、人生は決してベイングローリーのように皆が一律レベル1からのスタートではないことだ。人生はどちらかというと、ソーシャルゲームのカードゲームに似ていると思う。生まれた時に何枚かのカードをもっていて、その後の成長度は持っているカードのレベルに依存する。ノーマルカードは鍛えさえすれば鍛えていないレアカード位のパラメータに成長するものの、Sレアカードの初期値には最初から届かなかったりする。

 

私がこのことを人生で初めて痛感したのは、私の後を追って中学で陸上部に入った妹が、入学して一番最初に走った1,000M走で、私のベストタイムを上回る記録を出したこと。その後妹は県の駅伝の代表選手に選ばれ、東北大会にも出場した。一方の私はというと結構自分なりに頑張ったものの、市の大会で予選を通過したのが一番の思い出。勉強は出来る方だったけど、スポーツの才能は0だった。

 

この時以来、私は苦手なことを一切やらずに得意なことだけをやるようにした。英語と国語が得意だったから文系の学部を選んだ。♀トークが苦手だったので、♂の人といるようにした。化粧も苦手だったので基本ノーメークで生きてきた。まあそれでも普通に楽しく生きていた。

 

ただそんな生き方にちょっと疑問に思うことが出てきたのが5年前くらい?キッカケは元ダンナ様から誘われてはじめたランニング。体型が崩れてきたこともあり、中学生振りにいやいや走り始めたのだけど、皇居を一周するたびにどんどんタイムが伸びていった。最初は1周走りきるのもしんどかったけど、1ヶ月後くらいには2周してもまだ元気が残っているようになった。軽い気持ちで出場した10kmのロードレースも4位になって表彰台まで後ちょっと。ハーフマラソンにも出て完走することができた。

それをきっかけに、全くリズム感0なのに、ジムでダンス系のプログラムに参加したりするようになった。まーそれは我ながらみっともないくらいダメだったけど、それでも1ヶ月、定期的に参加するようになったら、少しはマシに動けるようになってきた。腰が上手く使えないし、相変わらずリズム感は悪い。それでも音に合わせて体を動かすのはとても楽しい。

 

そして他人の目を気にせずに、自分が「やりたい」ということに挑戦できるようになって残念に思ったのは、数々の「向いていない」と思っては放り投げてきた数々のこと。ラテンダンスは学生時代、友達を誘ってはじめたものの、レッスンについていけず1ヶ月でやめた。化粧はどんなに上手になっても、もともと美人の友達よりきれいになることはないなと思って、その後何も研究したりはしなかった。

きっとあの時投げ出さなければ、せめて今よりはもっとお化粧が上手だったんだろうなと思う。ラテンダンスもチャチャチャくらいは踊れるようになってたんじゃなかろうか。

 

ノーマルカードのスキルは鍛えても意味がないと思っていた。ただ、人生がカードゲームとちょっと違うのは、人生の局面で使えるカードの種類はとても多く、そしてノーマルカードでも一生懸命鍛えれば、そこそこ使い物になるところだと思う。

 

持って生まれたステータスがSレアじゃないと勝負に勝てないと思うこと、例えば難関大の受験だったり、競技だったり、オーディションだったり、それは色々あるけれど、それは人生のすごく限られた一地点のことでしかない。また世の中のバトルらしきものに参戦するにあたって、求められる戦闘力は、たいていのものは大して高くなくて、ノーマルカードでも、一生懸命鍛えれば、いずれそこそこ使い物になると思っている。全く語学の才能がなかった妹だけど、アメリカに6年住んだら私より英語が上手い。最近一切走ってない妹より、もしかしたら今はそこそこ鍛えている私の方が早く走れるかもしれない。そして何よりきっとSレアカードの人と自分を比べることに、多分あまり意味はなくて、必要な場面で必要なカードを切れることのが重要だ。ひとつ言えるのは、何もせずに生きていくと、手持ちのカードは少ないし、そしてそれはとても弱い。

 

こんなことを久しぶりに思ったのは、この記事を読んだから。

blogos.com

確かに「IQ」は経済格差を産む要因ではあると思っていて、そしてそれは生まれつきの要素が高いと思う。ただそれでも鍛えたノーマルカードは、Sレアカードを脅かすくらいの可能性は秘めていると、私は思っている。