makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

アラフォー独身というマイノリティになって気づいたことのマキ。

 離婚して2年くらい経つ。一番しんどかったのは離婚するしないを悩んでいる最中に親が思いとどまるようにと上京してきた時で、すべてが片付いた後は、今のパートナーと時折すったもんだあれど、平和に楽しく生きてこれたと思う。

 私が離婚に至った理由は前のダンナ様との価値観の不一致。古き良き専業主婦が家を守る家庭が理想だった元ダンナ様と一緒に、仕事大好き遊ぶの大好きな自分が子供を育てるイメージがどうしても、もてなかった。

 元ダンナ様は別れてしばらくしてから再婚し、そして今年子供が産まれた。私は私で価値観が近い今のパートナーと、毎日よろしくやっている。元ダンナ様が描いていた未来に歩み寄れなかったことを申し訳なく思う一方、今はお互いが大切にしていた価値観どおりに生きている訳で、結論、別れてよかったなと思っている。

 で、アラフォーバツイチの独身となった今、個人的には結婚していたことにも離婚したことにも後悔はないのだけれど、時々めんどくさいなーと思うのは「アラフォー独身子なし」というステータスだ。

  

以前山口智子のインタビュー記事が炎上したけど、 

makicoo.hatenablog.com

どうも世の中は「結婚して家庭を持って子供を生む」という形以外の幸せ発言に対して過敏である。私の中で結婚する/しない、子供がいる/いないは青が好きか赤が好きか程度の差でしかないと思っているのだけれど、何故か「独身最高ウェーイ」「(子供いなくて)自分の時間があってハッピー」的な発言はよく炎上する。

「独身生活が楽しい」「子供がいなくても楽しい」という一個人の人生のとある地点に対する感想は、結婚している人、子供がいる人をDisってる訳では一切ないのだけれど、前述のような発言に対し「結婚を否定しているのか」「子供がいる人を馬鹿にしているのおか」というようなやりとりの応酬をみると、正直とてもめんどくさい。でも、このめんどくささと付き合っていくのが、今の世の中のアラフォー独身だ、というのが、なってみて初めて気がついたことだ。

 

社会を維持するためには子供が必要で、そこに一切貢献できていないことに対しての負い目はある。が、そこを差し引いても、私は自分の人生が結構気に入っている。結婚していた時も幸せだったけど、別れた後も毎日は楽しい。結婚している/していない、子供がいる/いないと「幸福である」というのは、人生においては特に紐づいていないと思っていて、要は自分が選んだ選択肢に満足している人は幸せだし、そうじゃない人は不幸だ。

 

結婚していた時の悩みは「仕事(自らの経済力)」・「家庭」・「プライベート」を両立させることが難しく、更にそこに「子育て」が入る隙はないと思っていた。散々考えた結果、私は「家庭」と「子育て」を放棄して、「仕事」・「プライベート」を選ぶことにした。この優先順位は人によって違うから、何が手元にある/ないで幸せを相対的に図ることはできない。もちろん全てをバランスよく手に入れる生き方もあるし、「家庭」・「子育て」をとる人もいる。で、何が幸せかというのは当人じゃないと分からないものなのだ。

 

今回この話を書こうと思ったのが、今は消えてしまったのだけど、「それなりの年齢になって子供がいないってどういう気持ち?」というやりとりに関する記事を読んだこと。私自身は元記事で紹介されていた子供がいない人の「学校にいってない感じ。みんなやっている事を自分がやってなくて、『すみません、すみません』って申し訳ない感じかな」という回答にほんとそういう圧力あるよねーと共感した。

http://anond.hatelabo.jp/20160907231846

b.hatena.ne.jp

子アリがこういうこと語るとマウンティングと言われる。未婚が同じこと語ると「こじらせ」と言われる。そういうこと言われなくてもいい社会になるといいな。

ほんとにいつか、そんな世の中になるとよい。