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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

「感動ポルノ」と風邪を引いてわかる健康体の大切さのマキ。

サマソニのオフスプのステージで喉をすっかりやられた後に、仕事やブログ書いたり原稿書いたりで睡眠不足が続き、金曜からずっと体調がおかしかった。自分主催の高校の飲み会が日曜にあり、それには何とか参加したもののその後力尽き、今週前半の予定をほぼ全キャンセルして、今に至る。幸いメインの仕事はリモートワークなので、風邪をひきながらも仕事は何とかこなせるものの、いつも行っているヨガを今日は休むんだろう。もう1週間運動していない。。体重と体脂肪が不安である。

 

風邪をひくと、普段の健康体の自分がいかに恵まれているかを痛感する。鼻水が出ず、スムーズに声を出せることがいかに快適であることか。普段「当たり前」の事がいかによいことかを実感するのはまさにそれが「当たり前じゃない」瞬間だ。ただこの感情の誇張は時には人を傷つける。

logmi.jp

↑は結構前のTEDの講演の記事。今年の24時間テレビの裏にNHKEテレでやっていた「バリバラ」という番組が攻めていると話題になっていたのだけれど、

www.j-cast.com

その番組で取り上げられていたのが、先に貼ったステラ・ヤングさんの講演だ。

 

(障がい者=かわいそうという描写に対して)つまり、「自分の人生はうまく行っていないけれど、もっとひどい人だっているんだ」と思わせるためのものです。「あんな大変な人もいるんだ」と。では、もし自分がその立場になったらどうでしょう?

 

で、風邪をひいて、久々に健康体の有難さが身が染みた自分が、ここにいる。

 

自分他人を問わず、「不幸」を見て、自分の幸せに気づかされるのは何も障がいに限った話ではない。貧乏だったりブサイクだったり、パートナーの有無だったり家庭の不和だったりなんだり、世の中には「不幸」が溢れている。そしてそれを通じて「己の幸せに気づかされる」というのは、多少なりとも人間が日々体感していることだ。

 

一方で自分が「不幸」な側にラベリングされる事も少なからずあり、それはそれで何ともいやな気分になる。私は今30後半にして結婚していないので、「結婚していないのはかわいそう」的な価値観で見られることがある。これは決して愉快な気持ちがするものではない。ステラ・ヤングさんが感じた「感動ポルノ」も似た類の感情なんだろう。

 

ではどう感じるのがいいのか、どう報じるのがよいかというとこれがなかなか難しい。ステラ・ヤングさんは、障害者への「かわいそう」を前面に押し出した報道姿勢に異議を唱えたけれど、障害者の方を通じて自分が持って生まれた物の価値に気がつく人がいるのだとすると、そのような表現がすべて「悪」というのも、ちょっと違う気がするのだ。久しぶりに絶不調で、日頃の健康の有難さが身に染みたからいっそう、そんな風に思っている。また、私を通じて「結婚しているってよいことだ」と思う人がいたとして、(個人的には結婚していた時と比較して大して何も変わってはいないものの)もしそれがその人自身の幸せを思い出すキッカケになるのであったら、まあそれはそれでよいのかなとも、少なくとも今は思っている。

 

もちろん忘れていけないのは「その感情で傷つくひともいる」ということ。そしてそれに対して不快に思う人がいる事を考慮したうえで、TV番組もそうだし、日ごろの言動を含めて考えていく必要はあるんだろう。「誰も傷つけずに生きていく」というのは意外に結構難しいんだなということを実感した、風邪っぴきの1日なのだった。