makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

選挙に絶対行った方がよいと思う理由のマキ。

今回チャリで投票所になっている近隣の小学校に。入口付近でプラカードを持った大学生くらいの集団から「いったいどこに行くのか」と聞かれ、投票ですけど、と答えたところ、「素敵です」とお褒めの言葉を頂くw結構ちゃらい格好していたので意外だったんだろうか。いずれにせよ「選挙」と言うと、どうせ投票したところで何も変わらないし、なんかそういうのに興味がある人がすればと思う人が多いんだと思う。日曜だし、いい天気なのに、「投票に行く」という行為自体が若干ダサい、というのは否めない。

 

Facebookで前職の同僚だった♀の人が政治に関する思いを投稿するにあたり、「♀で政治の話をするのは可愛くないけど」と前置きしていて、ああやっぱりそういうところあるなぁとは思う。私は幼少の頃から政治経済に興味があったけれど、話をするのは2chかそういう話を積極的に好んでする人とだけと決めていて、夜な夜な飲み明かす仲のよい友達とはそんな話をすることはなかった。そもそも政治の話以前に話すことは色々あったし、そういうマジメな話をするのがなんかダサいというのは、自意識が一丁前に高かった私が一番気にしていたことだった。

 

が、それでも選挙権をゲットしてからコソコソと投票に行き続けたのは何故かというと、「選挙権」というものが万人に平等に与えられたのはつい最近で、選挙権を与えられない人の悲惨さを見知っていたのが大きい。

 

例えばアメリカ。1971年までアメリカには「文盲テスト」というのがあり、テストに合格しないと投票の権利を得ることはできなかった。あまりきちんと教育を受ける機会がなかった黒人の人たちはほぼ選挙権をゲットできず、教育を受ける機会を広げて欲しくても、なす術がなかった。

 

例えば南アフリカ南アフリカは1960年頃に「有色人種から選挙権をとりあげる」という法案が可決され、1989年まで、国民の大多数を占める黒人に参政権がなかった。次々と黒人に不利な法案が可決されるも、これまたなす術がなかった。

 

そして日本も選挙の仕組みができた当初は超高額納税者しか選挙権がなく、お金持ちに有利な法案がどんどんと決まっていった。女性に選挙権が認められたのも第二次世界大戦が終了した後、アメリカ主導によって、なのである。

 

国がこういう状態に陥った際に、自分たちの待遇を改善しようと思うと、デモとかストライキしかなく、当然抑圧されるので世の中はとても物騒になる。アメリカにせよ南アフリカにせよ、たくさんの人が死んだ。そしてその人たちの死の上に成り立っているのが選挙権なのである。

 

政治経済に関心を持たずに、選挙に行かない人が増えると、国の方策はどうしても「選挙に行く人」の主義主張を代弁するような政治になる。たとえば今の日本は老人に優しく若者に冷たい。年金の問題にせよ、今自分達が払っている分は今の高齢者を支えるためにほぼ使われ、将来のためにあまり積みあがっていない。それが何故かというと、政治家に年配の人が大きいからではなく、今年金をもらっている人達がきちんと投票し続けているのが大きい。自分たちに不利な法案が通らないように目を配っているし、「投票」という行為で目を配っているという事実を表現しているからだ。

 

選挙というのは「国民の代表を選ぶ」という側面ばかりがクローズアップされるけれども、私は「投票率」という形で「国のやってることを見ているよ」というサインを送る意味合いの方が強いと思う。もし若者の投票率があがるのであれば、「若者の未来を見据えたような政策を打ち出さないとまずい」という危機意識を国が持つ。今、日本の政治が若い世代をみていないとすると、それは若い世代が政治関心に興味がなく、「投票」という行為をしないのが大きいからなんじゃないか。そしてそのダメージというのは、残念ながら自分達が歳をとった際に、パンチの効いた形で返ってくるのだと思う。そしてその時には、残念ながら若干手遅れだと思うのだ。

 

次は東京都知事選。私からするとまったく魅力のない候補者がならんでいて、若干投票に行く気が萎えるのは事実。。が、上記の理由により、やっぱり行かなきゃなと思っている(*゚ー゚)