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makicoo thinks

2017年のテーマは「アラフォーを楽しむ」。77年生まれの皆さん、素敵な40歳になりましょう\(^o^)/

FRaU(フラウ) 山口智子の記事を読んでのマキその2。

女性

 

mess-y.com

この記事を読んで

makicoo.hatenablog.com

を書いて、その中で

山口智子はもともと子供がいないことで色々言われているし、またこの発言で、一部の女性の人からは好ましく思われないのだと思う。 

 と書いたんだけど、この元記事に対するFacebookでのコメントやTwitterでの反応をみると、男女を問わず、私が思っていた以上に巷の反応は厳しいものだった。

 

【否定的なコメント例】

  • (産めるのに産まないのは)人間の摂理に反している
  • 日本の少子化をなんだと思っているのか
  • 本人がどう思うのは自由だが、このような記事を発信して子供がいないことを美化するのはいかがなものか
  • (苦労して子供を育てているひとがいるのに)身勝手だ
  • 子供がいても充分幸せな人生が歩める。子供がいる人生を否定されているように感じる
  • 少なくとも夫は子供がほしかったのではないか
  • (山口智子が)育った家庭環境によって歪んだ家庭観になってしまって不幸だ
  • 子供が欲しくてもできない人がいるのに、(産めるのに産まない)というのは配慮が足りない

ただ一方、私のようにこの記事によって救われたという人もいた。


【肯定的なコメント例】

  • 幸せそうで羨ましい。
  • 自分もまさに子供も産まない選択をした。救われた
  • 夫婦お互いが納得して出した結論ならそれもよいんじゃないか
  • 不妊で苦しんでいる夫婦にとっては、(子供がいない人生も悪くないよという意味で)救われる内容
  • 毅然と自分の意見が言えるのは格好いい


同じ記事を読んでも、ここまで人が思うことは違うものだなーというのを改めて感じる。

 

ひとつ気になったのが、この記事から「自分の生き方を否定された」と思う人が一定数いたこと。記事のトーン的にもいっさい子供がいる人を否定する内容ではないと思うのだけど、

「私はずっと、子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました。今でも、一片の後悔もないです。人それぞれ、いろんな選択があっていいはず。もちろん、子供を持って初めてわかる感動もあると思います。実際に産んでみないとわからないことだと思うけれど。でも私は、自分の選択に微塵の後悔もないです。夫としっかり向き合って、二人の関係を築いていく人生は、本当に幸せです」
講談社frau 2月号」より


の「二人の関係を築いていく人生は、本当に幸せです」のあたりが、そうじゃない人にとって攻撃的に感じたんだろうと何回か読み返して思う。

 

私が常日頃思うのは、女の人の人生てバラエティが多様かつ複雑であること。

  • 独身/子なし
  • 独身/子あり(離別/死別)
  • 既婚/子なし
  • 既婚/子あり

 ここまでは男性と一緒なのだけど、女性の場合はここに「働いているか否か」でずいぶんと分かれ、更に働いているとしても、働き方にもバラエティがある。パートの人もいれば、正社員だけど時短勤務のひともいて、もちろんバリバリ働いている人もいる。子供の面倒を近くに住む親がみてくれるかどうかでも千差万別。更に介護を担ってるか担ってないかなど、人生におけるタスク量と役割が、人によってかなり違う。大多数の男性が独身だろうが既婚だろうが子供がいようがいまいが、比較的バリバリ働くのとは雲泥の差である。

 バリバリ働いている人を見れば、家族のケアがメインな人は社会から断絶した気分になることがある。優雅にアフタヌーンティを楽しむ専業主婦の人のFacebookの投稿をみれば、仕事と子育てという鬼タスク状態の人は「いいな」と思うこともあるだろう。子供なしの夫婦がリゾート地でのんびりバカンスしていたら、教育費の捻出に苦労している人はなんだか複雑な気分になるんじゃないか。そして家族仲良さそうな様子を見聞きするたびに、独身既婚を問わず、子供がいない人は子供がいる人生を羨ましく思うこともあるんじゃないか。

 

女の人の人生て難しい。

これは若い時には一切気づかなかったことだ。

 

私自身は山口智子に励まされたけど、一方この記事で傷ついた人もいる。「他人は他人、自分は自分」と言うのは簡単だけど、なかなか簡単に割り切れる問題じゃない。

 

私が心がけていることがあるとすれば、今の自分の人生を否定しないこと。色々考えた上で選んだ選択肢。犠牲にしたくないことがあったからの選択なので、自分の「もしかしたら」の人生にはきっと欠けているものがあるんだと思っている。そして時折自分のシチュエーションと似ている人の生き方をみて、今回のように救われながら生きていければよいなと思っている。